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マツモトマウントバル
それぞれの人生を踏み出す春
ズンズンチャ…ズンズンチャ…… ウーハーが重低音を轟かせ店内に鳴り響いている…。中は、思ってたより奥行があって広い。中央に配置されたワイン樽テーブルがいかにも今風な雰囲気を醸し出している。右側の壁は全面が黒板となっており、おすすめメニューがぎっしり書き込まれている様は圧巻ですらあり、店主やスタッフの並々ならぬ熱意が伝わってくるかのよう…。
その店の名は『マツモトマウントバル』。
名前の通り、信州の松本にあるフレンチとイタリアンを融合させたバルのお店。このお店に訪れたのは、グルメサイトで知り合った敬愛するOさんの娘さんがお店のスタッフとして働いていたから…。
残念ながら運転する身、ソフトドリンクで我慢しましたが、食事はどのメニューも本格的なレストランに引けを取らない美味しさ。中でも、春の到来を予感させる、ふきのとうソースで味わう「和牛のステーキ」は、さわやかなソースとジューシーで柔らかい赤味肉の食感が絶妙にマッチした逸品でした。
そりゃ、流行るわけですね…。 料理は本格的、スタッフのマニュアル的でない高いホスピタリティ、誰もが肩肘張らず、気軽に立ち寄れ、美味しいワインや肉料理に舌鼓を打つことが出来る。
さらに、ひょっとしたら【素敵な出逢い】もあるかも…と予感させるだけの「何か」がこの店にはある……
──── 嫁と別れて3年。
タカシは未だ元嫁、アケミのことが忘れられずにいた。
そんなタカシを「松本に洒落たバルができたから行ってみないか?」と誘ってきたのは、学生時代からの悪友、独身貴族のユウスケだった。
「おい、さっきから向こう隣りにいる女子二人組、チラチラとこっちの方を見てるの気付いてたか?」
「えっ、そ、そうなのか、ど、どこ…?」
「バカっ、露骨に見るんじゃない!相変わらず鈍い奴だなぁ…。あれは誘ってる目だ。これは確実にいけると踏んだ。ちょっくら声掛けてくるわ~ 俺は左側の竹内結子似の可愛い子ちゃん狙い、右側のメガネっ子は、お前にまかせた!」
「お、おいっ、ちょ、ちょっと……!!」
しかし、何が起こるかわからないのが人生というもの…。
……結局、このときの酒の勢いで、ユウスケは【メガネっ子】こと、ユカリと出来ちゃった婚をすることに…。タカシの方は【竹内結子似】のミサと付き合うことになり、まさに幸せの絶頂期を迎えていたのだから…。
だが、このときタカシは知る由もなかった…。ミサは、離婚した二人の夫との間に3人の子、さらに、2人の孫までいることを隠し通す「美魔女」だったと言うことを……以上、妄想モード終了)。
そんな出逢いがここにはある!(…に違いない)。
さて、アホな妄想を打ち消し、食べ終える頃には、店内はほぼ満席状態。そろそろおいとますることにしました。
勘定を済ませ、店から出て駐車場の方に向かうと、慌ててこちらを追い掛けてくるスタッフがいるではありませんか。
忘れ物でもしたかと思いましたが、Oさんの娘さんでした。
「ありがとうございます! これ…」
「これ」というのはいつも何かと気に掛け、お世話になっているOさんに心ばかりの手土産を娘さんに託していたもの。
「わざわざ、ありがとうございます。お父さんに宜しくお伝え下さい。新天地でも頑張って下さいと…」
「はい、本当にありがとうございます。父に伝えておきます」
その人懐こい笑顔にOさんの顔がダブりました。 彼女はこの春から晴れてこのお店の正式な社員となり、所沢に引っ越していくご家族と離れ、一人この地に残って頑張っていくというご決断を下したところでした。
「美味しかったです。これから大変でしょうが、頑張ってください」
「はい、本当にありがとうございました。では、失礼します」
丁寧におじぎをした後、踵を返して小走りに店に戻る彼女の背中に、社会人としての自覚と貫禄を感じました。
それぞれの人が、それぞれの人生の一歩を踏み出す春…。この夜は、夜風にも春の到来を一層、感じさせるものがありました。
(今回のお話は2017年『眠りの楽屋裏通信vol.56号』に掲載したものです)。
■ 肉ビストロmatsumotoMt.BARU
場所/長野県松本市中央1-19-15 tel/0263-31-0636 営業時間/18:00-24:00 定休日/日曜日
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