©2023 Tani-Roku Futonya KUGA
─ジテロン星人の地球人調査報告書─ No.002
「地球人は、何故、眠れなくなると孤独感に苛まれるのか?」
―真夜中のミッドナイトエクスプレスについて
我々ジテロン星人は、地球人の睡眠について調査を続けている。
地球人は、一日の活動を終えると「布団」と呼ばれるクッション性のある皮膚の代用物に包まれて身を横たえ、やがて意識を失う。
地球人は、この現象を「眠る」と呼んでいる。
ところが、我々の調査では、毎晩この睡眠という現象を正常に開始できない地球人が、一定数存在することが確認されている。
いわゆる、
「眠れない」
という状態である。
さらに興味深いことに、眠れない時間が長くなるにつれて、
「明日の仕事は大丈夫だろうか」
「このままでいいのだろうか」
など、様々な未解決事項について考え始め、やがて、
「自分はひとりなのではないか」
という孤独感に苛まれてしまうようだ。
我々は、ここに疑問を持った。
なぜ、眠れないだけで孤独を感じるのだろうか。
■ 地球人は「一人だから」孤独になるわけではない
調査を進めると、どうやら孤独感は、単純に「周囲に人間がいるかどうか」だけで決まるものではないらしい。
昼間、一人で食事をする。
一人で仕事をする。
一人で買い物をする。
一人で映画を見る。
地球人は、この程度のことでは必ずしも孤独を感じない。
むしろ、
「一人の時間が欲しい」
などと言う個体さえ存在する。
ところが夜になると、事情が変わる。
部屋は暗くなる。
街は静かになる。
仕事は終わる。
多くの地球人は眠りにつく。
昼間まで地球人を取り囲んでいた、無数の音、光、人間、情報などが急激に減少する。
すると、外界から入ってくる情報が少なくなった分だけ、
「自分」
という存在が強く、そして大きく意識されるようになるらしい。
つまり孤独とは、
「周囲に誰もいないこと」ではなく、
「世界との接続が失われ、孤立したように感じること」
のようである。
■ 眠りとは、誰にも同行できない一人旅である
さらに我々は、地球人の「眠り」という現象そのものに注目した。
すると、非常に興味深い事実が判明した。
地球人は、どれほど仲睦まじい相手であっても、眠りそのものを共有することはできないということだ。
どれほど愛情を注ぐ家族であっても。
どれほど手を伸ばせば触れられる距離にいても。
どれほど強く抱き合って眠っていたとしても。
眠りに落ちる瞬間から先は、それぞれ別世界へと向かう。
同じベッド。
同じ部屋。
同じ時間。
同じ温度。
それでも、
眠りは一人ずつやってくる。
我々は、この現象を、
「ミッドナイトエクスプレス」
と呼ぶことにした。
乗客は一人。
真夜中に発車する、自分専用の夜行列車である。
行先も、経路も、車窓も、人によって異なる。
楽しい夢を見る者もいれば、奇妙な夢を見る者もいる。
悪夢という、かなり評判の悪い車両に乗り込む者もいる。
何も覚えていない者もいる。
しかし、興味深いことに、
この列車の終着駅は、通常「朝」である。
そこだけは、多くの地球人に共通している。
■ 眠れない夜とは、一人旅に出発できない夜である
眠ってしまえば、地球人は孤独を感じることができない。
なぜなら、孤独を感じるための意識そのものが眠っているからである。
ところが眠れない。
隣では愛する人が眠っている。
愛情を注ぐ子どもも眠っている。
世界も眠っている。
しかし、自分だけが起きている。
これは「一人でいる」こととは少し違う。
「自分だけが世界から切り離されたように感じる」
のである。
本来ならミッドナイトエクスプレスに乗り込み、「朝」という終着駅へ向かっているはずなのに、自分だけが夜のプラットホームにぽつんと取り残されているような錯覚に陥る。
そして静寂の中で、地球人は自分の内側へ意識を向け始め、
昼間なら気にも留めなかった些細なことが、
気になり始め、
「このままでいいのだろうか」
という、非常に大きな問題まで出現する。
我々は、夜とは、地球人にとって、
外の世界が静かになることで、自分の内側の声が大きくなる時間帯だという結論に至った。
■ 高齢の地球人は、さらに別の心配をしている
ところが我々は、高齢の地球人を観察する中で、さらに興味深い現象を確認した。
一部の高齢個体は、夜眠る際に、
「【朝】という終着駅へ向かう列車に乗ったつもりでいるが、間違えて【天国】行の列車に乗車してしまっているのではないか」
と心配することがあるらしい。
我々は、この現象についてさらなる調査を行ったが、
現在のところ、プラットホームの表示板に「朝行き」「天国行き」と表示された案内板は確認されていない。
また、地球人が乗車前に、切符に記載された行先を確認している様子もない。
にもかかわらず、地球人は毎晩、何の確認もせずに列車へと乗り込む。
実に大胆な乗車システムである。
そして、このような心配をする老齢個体は、
翌朝、無事に【朝】という終着駅へ到着したことに、ほっと胸を撫でおろす様子も観察されている。
なぜ、毎朝到着できることを確認するたびに安心するのか、その理由は現在のところ判明していない。
しかし、加齢が進むにつれ、この現象は顕著になることは判明している。
■ それでも地球人は、眠りを誰かと共有しようとする
さらに調査を進めると、我々は別の奇妙な習性を確認した。
一部の地球人、とりわけ愛情が大量に分泌されていると思われる男女の個体は、眠る前に、
「夢で逢おうね♡」
などという会話を交わすことがある。

そして、お互いにあふれ出るような愛情を注ぎながら抱き合い、ミッドナイトエクスプレスへ乗車する。
これは非常に美しい光景である。
しかし、残念ながら夢の世界は本人の意思で自由に選べるものではない。
したがって、
「夢で逢おうね♡」
という約束が履行される保証は、どこにもない。
それでもこのような地球人は、毎晩この約束を交わしている。
我々には、この行動の合理性がまだ理解できていない。
■ ところが、さらに不可解な現象が確認された
翌朝、女性個体が男性個体に尋ねる。
「昨日、私、夢に出てきた?」
すると男性個体は、
「うん。〇〇ちゃんの夢、見たよ」
と答えることがある。
ここまでは、微笑ましい現象である。
しかし我々のテクノロジーを駆使した観測装置は、ここで重大な事実を捉えた。
この男性個体は、
実際には別の女性が登場する夢を見ていたことが判明したのである。
さらに、この男性個体について興味深い生理現象が確認された。
女性個体から質問を受けた直後、
暑くもないのに、身体から水分が放出されていたのである。
地球人はこの現象を「汗」と表現している。
我々が密かにその水分を回収し、測定した結果によれば、その水分量は約0.1ml。
分析の結果、水分のほか、ナトリウム、塩化物、カリウム、乳酸など、通常の汗にも含まれる成分が確認された。
つまり、
成分だけを見る限り、特別な汗ではない。
問題は、その発生条件である。
暑くもない。
運動もしていない。
にもかかわらず、
「私、夢に出てきた?」
という質問を受けただけで、個体の身体から水分が放出された。
我々の調査では、この現象には緊張や焦燥などによって汗腺活動が促される、別の神経的な仕組みが関与しているのではないかと推測している。
地球人の身体は、どうやら質問に対しても発汗によって回答することがあるらしい。
不可解である。
■ しかし、女性個体はさらに質問した
調査は、ここで終わらなかった。
女性個体は、男性個体にさらに問いかけた。
「どんな夢見たの?」
すると男性個体の身体から、再び水分が放出された。
我々の計測によれば、追加で0.7ml。
先ほどの0.1mlから、実に7倍もの水分が放出されたのである。
「どんな夢を見たのか」という質問だけで、0.7ml。
我々は現在、この現象が、
「愛情」
「精神的緊張」
「事実と異なる回答」
のいずれと関連しているのか、慎重に調査を継続している。
なお、男性個体はこの質問に対して、
「……なんか、一緒にいたよ」
「……でも、忘れちゃったな」
など、回答の具体性が急激に低下することも確認されている。
地球人の「愛情」と「事実認識」の関係については、さらなる研究が必要である。
■ 結論
このことから我々は、
眠りとは、他の個体と共有することのできない、極めてプライベートな一人旅であるという結論に至った。
真夜中のミッドナイトエクスプレス。
地球人は毎晩、それぞれ一人で列車に乗り込む。
行先も、経路も、車窓も違う。
それでも多くの者は、翌朝という終着駅に戻ってくる。
そしてまた、誰かと笑い、誰かを愛し、誰かと別れ、また夜になる。
そして再び、一人で列車に乗る。
しかし、眠れない夜には、その列車に乗ることができない。
世界は眠っている。
愛する人も眠っている。
自分だけが起きている。
だから地球人は、夜、眠れないと孤独を感じる。
まるで、自分だけが世界から取り残されたように…。
どれほど仲睦まじい男女であっても。どれほど子に愛情を注いでいても、
どれほど強く抱き合って眠っていても。
夢の世界へ向かう列車には、結局それぞれ一人で乗車する。
やはり「眠り」は、他の個体とは共有することのできない、極めてプライベートな一人旅である。
以上、ジテロン星・地球人睡眠行動観測班による調査報告書より
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