©2023 Tani-Roku Futonya KUGA
─ジテロン星人の地球人調査報告書─ No.003

■プロローグ
地球に生息する知的生命体「人類」は、日中に労働や学習を行い、夜になると、身を横たえ、目を閉じて「睡眠」という生理的メンテナンスを実施し、翌日の活動に備える習慣を持つ。
ところが近年、その活動形態に興味深い変化が確認され始めている。
地球人にとって、夜遅くまで起きていることは、古くから「夜更かし」と呼ばれている。
しかし近年確認されている現象は、従来の「夜更かし」とは一線を画している。
それは「行動誘発性睡眠不足症候群」とも呼ばれる現象で、睡眠不足に陥る個体が急増していることが、地球規模で社会問題となりつつあるらしい。
■眠ろうとしない地球人
調査を始めたところ、興味深い事実が判明した。
人類は本来、他個体が経験した「恐怖」「悲しみ」「歓喜」「恋愛」「絶望」などの感情を、自ら危険を冒すことなく疑似体験する文化を築いてきた。
地球では、それらを「映画」「ドラマ」「演劇」「小説」「漫画」「アニメ」などと呼び、総称して「娯楽」と呼ばれている。
ところが近年、「サブスク」と呼ばれる新たな仕組みが普及した。
これにより、従来は「放送時間」という制約の中で作品を鑑賞していた個体群が、自らの意思で、ほぼ際限なく感情刺激を摂取できる環境を獲得したのである。
その結果、彼らは本来、生物として休息すべき時間帯になっても、装置の前に留まり続けるようになった。
興味深いことに、翌日の活動能力が低下することを理解しながらも、多くの個体は装置の前から離れようとせず、「眠ろう」としない。
これは、先の調査報告書で報告した「不眠」という、眠れない状態に陥るのとは、まったく別の興味深い現象である。
なぜなら彼らは、
「眠れない」のではない。
「眠ろうとしていない」のだから。
■仮想世界にハマってしまう地球人
さらに調査を進めると、もうひとつ興味深い娯楽が確認された。
それが「ゲーム」と呼ばれているものである。
ゲームとは、先の「映画」「演劇」「ドラマ」などとは、決定的に異なる特徴を持つ娯楽と考えられる。
映画や演劇、ドラマなどでは、「演じる側」と「見る側」が明確に区別されている。
「見る側」は、用意された物語や映像を一方的に受け取り、それを疑似体験する。
どうやら地球人は、これを「コンテンツ」と呼んでいる。
ところがゲームでは、その関係が大きく異なる。
ゲームをする個体は、「コントローラー」と呼ばれる装置を手に握り、画面に表示されたキャラクターという自分の分身を、自らの意思で操作するのである。
つまり、「見る側」であった個体自身が、その仮想世界の中に入り込み、自らの意思を反映したキャラクターの行動によって、その世界を動かし、その反応を愉しむという娯楽なのだ。
映画では、主人公がどのような行動をするのかを「見る」しかない。
しかしゲームでは、自分自身が主人公となり、どこへ行くのか、何をするのか、誰と戦うのか、あるいは誰を助けるのかまで、自らの意思で決定、参加することができる。
これは、我々にとって非常に興味深い特徴である。
地球人の幸福度を測る尺度のひとつとして、「自己決定感」というものがある。
これは、自分の行動や人生を一方的に他個体から決められるのではなく、自らの意思で選択し、自分の人生を切り開いていると実感したときに得られる高揚感のようなものだが、
どうやらゲームには、この「自己決定感」を疑似体験できる要素も含まれているようだ。
さらに、自分の意思によって仮想世界を動かすことで、その世界に入り込んでしまったような感覚すら得られるらしい。
彼らはこれを「没入感」と呼んでいた。
この「自己決定感」や「没入感」が、地球人をゲームとやらに夢中にさせる要因のひとつなのかもしれない。
ゲームは、「携帯ゲーム」「家庭用ゲーム」「オンラインゲーム」など、実に多種多様な形態へと枝分かれしているが、
中でも「ネット」を介して他個体と接続できるゲームには、特に深く没入してしまう個体が増えている。
ネットに接続したことで、この仮想世界は地球上の一地域にとどまらず、世界中の個体が参加できる巨大な世界を構築している。
そこでは、
顔も知らない。
本名すら知らない。
性別すら本当かどうか分からない。
そんな個体同士が、ゲームという仮想世界の中で交流と親交を深め、時には「結婚」というイベントまで行うカップルも存在する。
「ネカマ」と呼ばれる、性別を偽って参加する個体まで存在する。

中には、この世界にどっぷりと浸り込んでしまうあまり、学校や会社といった組織への参加を拒否し、「廃人」と呼ばれる個体まで出現しているようだ。
どうやら地球人の中には、現実世界よりも仮想世界に大きな価値を見出している個体が存在するようだ。
恐るべし、「没入感」……。
■「寝不足」を感じない地球人
さらに不可解な現象が確認された。
当初、夜更かしを始める個体は、翌日に強い眠気に襲われ、仕事や授業に支障をきたす様子が確認されていた。
ところが長期間にわたり夜更かしを続けるうち、次第に「眠気を感じなくなる」個体が確認され始めている。
そして彼らの中には、自らを「ショートスリーパー」(短時間の睡眠で心身ともに満足し、翌日を乗り越えられる個体)だと本気で信じ込んでしまう個体も珍しくないようだ。
だが、睡眠について研究する専門職の個体によれば、生まれつき短時間の睡眠でも健康上の問題が生じにくい「ナチュラル・ショートスリーパー」は非常に稀な個体らしい。
こうした自分自身の最適な睡眠時間を誤認してしまった個体を、地球人の一部では「なんちゃってショートスリーパー」と呼んでいるようだ。
しかし、地球人の睡眠時間と健康状態について統計的な調査を行うと、極端に短い睡眠時間よりも、一定の睡眠時間を確保している個体のほうが、健康状態や生存に関して、より良好な結果を示す調査研究が複数確認されている。
その時間は約7~8時間とされているが、そもそも、その調査が「寝床に就いた時間」から測定されたものなのか、「実際に眠ってから起きるまでの時間」なのか、また、年齢や調査方法などによっても結果は異なる。
さらにいえば、睡眠時間が極端に長い個体については、そもそも心身に疾患などを抱えているために長時間の睡眠を必要としているのではないかと、調査結果そのものに疑問を呈する専門個体も確認されている。
そのため、現時点では我々にも、すべての地球人に共通する適切な睡眠時間を断定することはできない。
我々が現在わかったことは、
「眠くなくなった」ことと、
「睡眠が足りている」ことは、同じではないということだけである。
■寝不足を競い合う地球人たち
さらに観察を続けると、地球人には、夜更かしにより生じた疲労を、なぜか他個体と競い合う特質があることが確認されている。
個体A:「あぁ、ねむい…昨夜、呪術、夜中の3時まで見ちゃってさ…」
個体B:「それならよく寝たほうじゃん。オレなんて朝の5時前まで起きてたよ」
と、どこか誇らしげに報告し合っているが、我々には何を競い合ってるのか、さっぱり理解できない。
どうやら地球人社会では、睡眠に大きな時間を割くことを「人生を十分に楽しんでいない」と感じる一面があるらしい。
眠る時間を削ってまで、どれだけ多くのことを愉しんだか。
つまり、睡眠時間が短いほど、それが人生をより謳歌している尺度として用いられるようだ。
そして、その競争でより優位に立った個体が、劣勢な個体に対し、上から目線で勝ち誇った様子も確認されている。
その際の勝ち誇った表情を「ドヤ顔」。
相手より優位に立とうとする行為を、なぜか「マウント(山)をとる」と呼んでいたことも確認されている。
しかし、ここで一点注意が必要となる。それは、彼らの昨夜の就寝時間を鵜呑みにしてはいけないということだ。
B個体はA個体に対し、「オレなんて朝の5時前まで起きてたよ」と報告していた。
しかし我々のテクノロジーを駆使した観測装置によってB個体を観察し、再検証したところ、午前4時31分17秒、なんとB個体は「NEOCHI」(寝落ち)していたことが判明した。
なお、A個体についても再検証を行ったところ、「夜中の3時まで起きていた」との自己申告に対し、実際には午前2時42分10秒に就寝していたことが判明している。
どうやら地球人の就寝時刻は、本人の自己申告に頼らざるを得ないケースも多く、その正確性には疑問が残る。
そして、なぜかこの場合、実際より多少早く寝ていたことは、特に問題はないらしい。
どうやら、寝不足を競い合う会話の中では、“多少盛ってもOK”という暗黙のルールがあるようだ。
■「復讐する夜更かし」
さらに調査を進めると、我々には理解しがたい、もうひとつの行動様式が確認された。
それが「復讐する夜更かし」(リベンジ夜更かし)と呼ばれるものである。
地球人は日中、労働や学習、家事、育児など、さまざまな活動に時間を費やしている。
当然、その活動が終われば、彼らには「睡眠」という生理的メンテナンスが待っている。
ところが、一日の活動を終えた地球人の中には、すぐに睡眠へ移行することを拒み、自分のためだけに使える時間を確保しようとする個体が存在するらしい。
彼らはこう考える。
「今日は一日、仕事では嫌な上司に叱られっぱなしだった」
「休む暇なく働かされた…」
「このまま寝るより、憂さ晴らしにあのドラマの続き見ちゃおうっと!♡」
そして、翌日の活動に支障が出ることを理解しながらも、あえて眠る時間を削り、動画を見たり、ゲームをしたり、SNSを眺めたりする。
この行動は、単なる「夜更かし」とは少し性質が異なる。
彼らは睡眠を忘れているのではない。
眠ることによって、今日という一日が終わってしまうことを惜しみ、拒んでいるのである。
つまり彼らは、
「明日の自分の時間」を犠牲にして、
「今日の自分の時間」を取り戻しているのである。
これは極めて興味深い現象である。
そして、先ほどの、睡眠の研究をする専門職の個体たちの間では、こうして睡眠を削り続けることを「睡眠負債」と、借金になぞらえて表現する様子も確認されている。
地球人は未来の自分から時間を前借りしている?
通常「借金」とは、他個体からお金などを借りることだと我々は認識していた。
貸し手と借り手が、同一人物??
…我々には、まだ理解できない。
未来の自分のために必要な睡眠を削り、現在の自分の自由を確保している。
しかも、その結果として翌日の疲労が増加することを、彼ら自身も経験から知っている。
それがわかっていても、やめられない。
……どうやら地球人は、「明日の自分」より「今の自分」を優先することがあるらしい。
さらに不可解なのは、地球人はこの行動を「リベンジ夜更かし」という言葉で表現していることである。
「一日の中で自分のために使える時間を奪われた」という感覚を、睡眠時間を削ることで取り戻そうとする行為であるが、
夜更かしで復讐?
誰に?
消耗するのは自分自身なのに?
我々にとって、まったく不可解極まりない言葉である。
■まとめ
どうやら近年の科学技術の進歩、とりわけインターネットやスマートフォンと呼ばれる装置の普及によって、地球人が利用できる娯楽は飛躍的に増加したようである。
しかし、地球人が一日に自由に使える時間は、相変わらず24時間しかない。
映画、ドラマ、漫画、アニメ、ゲーム、SNS。
しかも、それらの多くは24時間いつでも利用できる。
かつては夜になれば自然と途切れていた娯楽が、今では眠る直前まで、いや、眠っている時間さえ奪うほど身近な存在となっている。
地球の一日は24時間。
しかし、彼らが楽しむことのできる世界は、もはや24時間では到底足りない。
我々は当初、娯楽が睡眠を侵食しているのだと考えていた。
しかし調査を進めるうち、どうやら娯楽は、地球人の人生そのものを侵食し始めているのではないかという疑問が生じてきた。
さらに興味深いことに、かつては「現実世界から逃げ込む場所」として扱われていた仮想世界が、現在では現実世界の側にも大きな影響を及ぼしているようなのである。
ひとつ、代表的な事例を挙げてみよう。
なんと地球では、アニメーション作品のキャラクターが描かれた電車が走っている。
地球人はこれを「ラッピング」と呼ぶ。
さらに、その作品の舞台となった場所を訪れる行為を「聖地巡礼」と呼び、遠方から人を呼び寄せ、地域の産業を復興させようとする試みまで、数多く確認されている。
さらに、その電車と一緒に記念撮影をする個体も多数目撃されている。
電車に絵が描かれているだけなのに、このような単純な「罠」に、時間と金銭を費やし、わざわざ遠方まで足を運んでしまう地球人の心理を、我々には理解できない。
中には、異文化圏から海を越えてやってくる個体まで目撃されている。
この一連の行動を彼らは「聖地巡礼」と呼んでいることから、我々は宗教的な儀式だとすっかり誤解していたが、どうやらそうではないらしい。
このように、現実世界と仮想世界の境界が、どうやら少しずつ溶け始めているようなのである。
そして、さらに不可解なことに、仮想世界の中で「結婚」した個体同士が、現実世界でも関係を持ち続けるケースまで確認されている。
我々はこの興味深い現象を、仮に――
「ネカマたちは電気羊の夢を見るのか……」現象
と名付けることにした。
この現象については、さらなる追加調査の必要性を感じている。
我々には、まだ分からない。
我々は引き続き、粛々と調査を続けるだけである。
……それにしても地球人は、ほんと不可解な生物である。
ジテロン星人地球人報告書より
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