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竹下夢二と湯涌温泉
大正時代にタイムスリップしたかのよう…
北陸の天候は移ろいやすい。前の晩から降り積もった大雪が、雲の合間から覗かせる日差しに照らされ、軒先や屋根から解け出し、小気味よい音を立てて飛び跳ねている……。
今年3月、昨年に続いて金沢の方に足を運んできました。
金沢駅から路線バスで揺られること50分。山間にひらけた大小10軒ほどの旅館が立ち並ぶ、湯涌温泉という小さな温泉街があります。
養老2年(718年)に開湯された同温泉は、加賀藩の歴代藩主が隠れ湯として身体を癒し、大正時代には美人画で知られる竹久夢二が、最愛の女性、笠井彦乃と生涯最も幸せな3週間を過ごした場所と言われています。
彦乃はその後、結核によって25歳の若さで亡くなりますが、彦乃の父親に反対されていた夢路は、その臨終にすら立ち会うことも許されなかったと言います……。
逗留というより、どこか逃避行のように身を潜める、そういう場所にここは相応しい……。
シーズンオフの温泉地の閑散さと静寂。そして、どこか古めかしい佇まいに、一瞬、夢二が活躍した大正時代にタイムスリップしてしまったような錯覚に陥りました。
ひがし茶屋街へ
翌日、湯涌温泉を後にして、前回行けなかったひがし茶屋街の方へ足を伸ばしました。
ひがし茶屋街は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されるほど、江戸時代の町屋郡が多く残されたエリアで、オフシーズンにも関わらず、多くの観光客で賑わっていました。
古い町家の佇まいと、変色した石畳の色彩が絶妙で、しみじみとした情感が自然に湧き出てきます。長い歳月を経て風化したものが発する色彩というのは、どうしてこれほど人の心をあたたかく、やさしい気持ちにさせてしまうのでしょう。金沢で女性の一人旅が多い理由がちょっとわかったような気がしました。
その後、浅野川沿いにある公園で一服していると、初老の男性に声掛けられました。
どうやら、地元の方らしく、こんな風情ある所にお住まいなんて羨ましいです、と言うと、休日には、観光客がどっと訪れ、家にいても気持ちが休まらないので、週末はこうして公園でのんびり過ごすことが多いと苦笑されていました。
そりゃそうですね。観光客が来て商売人は喜ぶでしょうが、地元の方にとっては何ともはた迷惑な話……。
「何か騒がしい思いをさせてしまって、すいません……」
「いやいや、地元が賑わうのは、大いに結構。またいつでもいらして下さいよ」
と、爽やかな笑顔を見せてくれました。
好々爺(こうこうや)とは、こういう人のことを言うのでしょうね。
また、近いうちにここを訪れてみたいと思いました。
(今回のお話は2014年に当店ニュースレター『眠りの楽屋裏通信』vol.46で紹介したお話を投稿しました)