©2023 Tani-Roku Futonya KUGA
サンダーバードにて
奪われた「黄金のまどろみ」
ガタン、ゴトン・・・ ガタン、ゴトン…
車輪がレールの途切れ目を通過する心地よい振動が体に伝わってくる…。
電車やバスの振動やノイズがときにまるで子守唄のように気持ち良く感じられることがあるのは、きっと母親のお腹の中にいたころの安泰な記憶がよみがえるからではないでしょうか。
昨年11月、僕は金沢へ向う『サンダーバード』の車中で、電車の揺れに身を任せ、心地良い眠気を覚え始めたところでした。覚醒と眠りの間にある、この至福の時間を英語では、ゴールデン・スランバー【黄金のまどろみ】と呼ぶことを『アビー・ロード』に収録されたビートルズの曲から知ったのは高校生の頃。近年、同名の邦画が公開されたのでご存知の方も多いかも知れませんね。
しかし、その【黄金のまどろみ】は、やや甲高い青年の声によって突然終焉し、現実世界に引き戻されてしまうことに……。
「すいません……。」
「……」
「すいません……!」
「……ん? はい……?(僕のこと?)」
「あのぅ、大変、申し訳ないんですが…、どうか、席を代わってもらうわけにはいかないでしょうか…?」
寝ぼけまなこで見上げると、20代半ばと思しき青年が突き詰めた顔をして目の前に立ち、傍らには彼女と思しきかわいい女の子が心配そうにやりとりを見守っています。
次第に状況が飲み込めてきました。どうやら彼らは、一緒に金沢に旅行に行くところで、このどん臭そうな彼氏(失敬!)の不手際で、サンダーバードの指定を取るのが遅れたため、彼女と離れ離れになってしまった。だから、席を代わって欲しいと泣きついてきた、という訳のようです。
大阪から金沢へは、サンダーバードで約2時間40分の旅。車内で彼女といちゃいちゃしたり楽しい時間を過ごしたいのでしょう……。
正直、あまり気が進みませんでしたが、ここで断って何て度量の狭い男だと周りから思われるのもシャクだったので、図々しい奴や……と思いながらも、快く席を譲ってあげることにしました。
「わかった、わかった。 ……んで、どの席に変わったらええんや?」
「あ、ありがとうございます! ほんと助かります! 席は3列前右手の通路側……あのグリーンのセーターを着た男性の隣です」
彼が指差す方を見た瞬間、一瞬、あっ、となり、心の中に暗雲が立ち込むような気持ちになりました……。
なぜなら、隣に座っていた中年男性は、明らかに僕以上の巨漢で、圧倒的なまでの存在感を醸しだしていたからです(わかってます…。決して人のこと言えないことは!)。
(し、しまった!……)
僕は罠に掛かった小動物のような気持ちになりました。でも、今更、「今のはなかったことに!」とも言えず、渋々、荷物を持って席を移動。覚悟を決めて狭いシートに腰を沈めました。
(ちぇっ、なんでこんな羽目に……)
恨めしい気持ちで振り返ると、さっきのお兄ちゃんが得意満面のドヤ顔を彼女に向け何か話し掛けています。
「せやから俺に任せといたら心配いらん言うたやろ~~」と、僕にはそう言ってるように見えました(あくまで推測ですが……)。
しかも隣のおっさん…いや、男性は、体が大きいだけでなく、前の座席の備え付けのテーブルを引き出し、小さなノートパソコンを置いて忙しなくカチャカチャカチャカチャやっていてちっとも落ち着きません。ようやく一段落付き、パソコンをしまったかと思うと、今度は豪快に弁当を食べ始めるではありませんか。おまけに前の晩、餃子でも食べたのかニンニクの芳しい香りが……。
それで、金沢駅が目前まで迫り、トイレを済ましておこうと席を立ったとき、せめてギロッと睨んであの兄ちゃんに一矢報いてやろうと思いました。
しかし、彼に視線をやると、こともあろうに彼女をほったらかしてグーグー寝ているではありませんか! 僕は彼を叩き起こし……
「おいっ、いったい誰のお陰で彼女と仲良く座れてると思ってんやーー! せっかく譲ってやったんやから有効的にその時間を満喫せんかいっ! だいたい、そんな大事な彼女との旅行やったらちゃんと早めに予約取っとかんかいっ!…」
……と、心の中で叱りつけてやりました。
そのとき、僕の視線に気付いた兄ちゃんの彼女が、こちらを見てニコッと会釈してきたので意表を突かれました。僕はつい、ニコッと返してしまい(し、しまった!)と悔やみました。男はほんと体裁ばかり気にしてほんとダメですね……。
後にこの話を大阪の得意先の奥さんにすると、「男の人ってそういうとき、何でカッコ付けんの? 嫌やったら嫌ってハッキリ断ったらええやん。わたしやったら絶対嫌やってハッキリ言うで~」と、鼻で笑われました。
でも、もしまた同じようなことがあっても僕は多分、断ることはできないと思います。これも男の性分なのでしょうか……。【大阪のおばちゃん】ってやっぱり頼もしい存在ですね。^^
(今回のお話は、2014年『眠りの楽屋裏通信』vol.45に掲載したものです)