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白骨温泉紀行
超レアな源泉かけ流し 露天風呂体験
老朽化した狭く薄暗いトンネル内に、車のエンジン音だけがこだましている。先程から幾つものトンネルを抜けたはずが、抜けた先から新たなトンネルに飲み込まれることを繰り返している。天井部から滲み出た水でトンネル内の路面はところどころ濡れており「落盤」という嫌な予感が頭をもたげ、思わずアクセルを踏む右足に力が入る……。
信州、松本から飛騨高山へと続く国道158号線。
僕は、長野県東部にある白骨温泉に日帰り入浴するため車を走らせていました。
白骨温泉……なんとシュールな名前でしょう。湯船に浸ると体が溶け出し骨がプカプカ、なんてイメージをつい思い浮かべてしまうのは僕だけでしょうか……(関係者の方、ごめんなさい…笑)。
途中、圧巻の霞沢発電所のダム群の光景を横目に、峡谷を縫うように走り続けること一時間。山間にひっそりと佇む秘境、白骨温泉に辿り着いたのは、既に14時を回った頃になっていました。
しかし、無情にも下調べが不十分だったせいで、着いた頃にはどこの温泉施設も日帰り入浴は終了した後…。
あきらめかけた帰り道、案内所があったことに気付き、ダメ元で訊いてみると1軒だけまだ入浴できる施設が近くにあることがわかりました。しかも、源泉掛け流しの露天風呂です!
「あ、でも…いっぱいだったら、まってから入った方がいいよ!」
そんな案内所のおじさんの助言も背中越しに聞き流し、喜び勇んで案内された先に向かうと、観光客相手に飲食をふるまう傍ら、温泉を完備した施設があり、中に入ると、現れたのはかつて一世を風靡した村西とおる監督風の中年男性。
「入浴料は大人700円、タオル、石けん類は別途、各200円でございます。貴重品は、そこのコインロッカーに預け、別棟の温泉施設をどうぞ利用下さいましね~」(実際は、こんなしゃべり方をしてなかったかも知れませんが……笑)。
さっそく、言われた通り貴重品を預け、併設された温泉施設に向かってみると殿方の湯の入口には靴が3足、つまり、3人しか入っていないではあーりませんか!
(おっ、ツイてる! ガラガラやん……)
はやる気持を抑え、今がチャンスとばかりに中へと入ると、猫の額ほどのスペースに大人2人がかろうじて肩を並べて着替えられる脱衣所と、その横には、なぜか洗い場がありました。急いで着ている服を脱ぎ捨て、待望の温泉へと続く扉に手を掛け、勢いよく開けました。
ガラガラガラ~~………
「あっ、。…………」
その光景を見て、僕は言葉を失いました……
た、たしかに源泉掛け流しの露天風呂(「家族風呂」かと思いましたが……)。
しかし、湯船は、わずか畳二畳ほどしかありません。そこに先客2人が入浴中で、もう1人は、南極ペンギンのように身を震わせ、湯船横で待機しているではあーりませんか!
これでは、とても僕が入るスペースなどあろうはずもありません……。
いやいや、入浴料700円に石鹸代……計900円も払ったんだから、他に2つ3つは湯船があるだろう~と必死にあたりを見回しますが、湯気の先には切り立った崖と敷居の向こうに女湯♪があるばかり……。
……ようやくこのちっぽけな湯船ひとつがこの温泉施設の【すべて】という現実を受け入れざるを得ないことを悟りました。
しかも先客は、明らかに「ゆっくり浸かってんだから、後からきて邪魔してくれんなよ~」オーラを発しており、僕は、戦に破れた落武者の如く、洗い場の方まで退却する他ありませんでした……。
そして、今更ながら、「いっぱいだったら待ってから入った方がいいよ!」というおじさんの言葉を噛み締めながら、約40分近くも、先客が上がるまで、ひたすら身体を洗い続けたのでした(苦笑)。
そんなこんなで、始めての白骨温泉は、かなり【レアな体験】となりました……。
しかし、「3日入れば、3年は風邪を引かない」と言われる白骨温泉のヌメリを帯びた乳白色の泉質は、硫黄と炭酸成分が豊富に含み、サッパリ肌に優しく、【湯船が狭い!】ことだけに目をつぶれば、たしかに名湯という名に相応しい温泉でした(総ひのき風呂だったし~~~!)。
皆さんも信州方面に行かれる機会があったら是非、白骨温泉……お立ち寄り下さい。
出来れば、よくよく下調べした上で【宿泊】されることをおすすめしますが……(笑)。
(今回のお話は2015年『眠りの楽屋裏通信』vol.51に掲載したものです)